2017年5月 2日

2017年5月 2日

あさのーと(朝の音)

あさのーと(朝の音)が始まった。

0)軽井沢風越学園設立準備財団に関わる面々が、
1)6時40分から5分間だけ
2)ウェブ会議に集まって
3)前の晩に当番から出された「お題」の答えを紙に書き、せーのーどんで見せて、ちょこっとずつ話す

という取り組みです。
「あさのーと(朝の音)」という名称は、このメンバーのある人が名付け親。
いい!

これを今週月曜日からスタート。
昨日のお題は「最近、驚いたこと」、今朝は「最近、はまっていること」。
平日しかやらないので、次は5月8日。次のお題はなにかなぁー。

朝なので家族が一緒に映ってたり、愛犬抱っこしてたり、子どもが割り込んできたりもするけど、なんかその光景もいい。

これをやる前に、先週土曜日の朝に次のような投げかけをしました。

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おはようございます。

それぞれ離れたところにいて、それぞれの現場と向かい合いないがら、軽井沢風越学園の設立に向けて動ているのがこのチームの特徴。強みでもあり、弱みでもあります。(僕は、弱みは弱みであり、弱点ではないと思っている。)

月一回程度の集中ミーティングで顔を合わせられるけど、それに参加できない人もいる。個別に会う頻度もバラバラ。クラウドで情報は共有できるし、Facebookやメーリングリストでやりとりもできる。んー、この感じでこれから進んで行って大丈夫かな?と思いはじめたわけです。

「情報」という点では、僕は他の人よりも多くの情報を持っています。ただ、それでもやっぱり漠然とした不安はあります。

おそらくみんなも情報不足による不安はあると思います。でも、その不安はどんなに情報共有の仕組みが整っても解消できるものではないんじゃないかな、と思いました。
あー、僕が抱えているこの漠然とした不安は、情報が不足していることによるものではない。

いったいなんだ?

と、自分の中を探っていって、これかな、と思ったのが「気持ち」でした。
情報も大事だけど、共に歩んでいくには、気持ちをシェアしていくことが大切なんだと。

気持ちをシェアするのにはいろいろな方法があります。
個別に会いに行ってもいいし、電話してもいいし、メールしてもいい。
でもそれを個々にやっていても、その気持ちは1対1でしかシェアされない。
全体を包む漠然とした不安を解消することにはつながらない。

どうしたもんかなーと思って、あー、まずは Web会議で顔を会わせてみるとどうなるのかなと思ったわけです。

それを昨晩20時から試してみた。これ、なかなかいい味がありました。

加えて、ちょうど昨日の午後、コーチングのセッションがあり、この僕の問いについてコーチとやりとりしていった中で出てきて、それを昨晩20時からのに場に投げてみて、それやってみようということになったのが、「朝5分間だけみんなで場を共有する」というものです。

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そう、先週の金曜日の夜になんとか都合のつく8人くらいでWeb会議で顔合わせておしゃべりしてみたんだけど、けっこうよかった。これを無理ない範囲で、短時間、都合のつく人だけで、やってみようというのが「あさのーと」に発展しました。

これで「気持ち」がシェアできるかどうかはわかりません。
おそらくシェアできない気持ちの方が多いはず。

でも、朝5分間、みんなと顔を合わせて、「おはよう」を伝え合い、お題の答えがあり、そして「いってらっしゃい」と声をかけあうのは、すごく気持ちがいい。

無理ないかたちで続けていきたいと思います。

2017年4月28日

2017年4月28日

今朝ふと思ったこと

2016年6月からスタートしたこのプロジェクト、軽井沢風越学園の設立。


2020年4月1日の開校目標日まで、あと1069日。
2019年12月1日に認可を受けようとすると、その日まであと947日。


先日、少し立ち止まって考えられる時間が出来た時に、脳内にあることを書きだして、プロジェクトメンバーにシェアしてみた。


楽しい。
でも、めんどくさいことも山ほどある。しがらみもできる。
「あー、やっぱりこんなこと始めるんじゃなかったなー」と思うこともある。
そういう思いも抱えながらも、前に進む。
1人だと足を止めているだろうけど、共におしゃべりしながら歩んでくれる仲間がいるから、寄り道しながら前に進める。


ごりさん(岩瀬直樹)と二人で始まったこのプロジェクトも、気がついてみると10人近い人が関わっている。

Facebookの秘密のグループでやり取りしていたのもそろそろ限界。

クラウドでファイルを共有し、互いのドキュメントにコメントを入れるようにしたり、メーリングリストを活用してみたり、さて、グループウェアはどうしようか、という段階。

全国各地に散らばっているメンバーなので、全員集まってのミーティングも頻繁にはできない。appear.in 等を活用したりしてみようとしている。


わゆる創業期だ。迷い、いろいろ起きる時期。


チームの状態は盤石ではない。

隙間だらけだし、弱い。緩い。でも、そのことを自覚して、不安がっていないのが、このチームの魅力。月14・15日に開催した地域の皆さま向け説明会を3回やった2日間のこのチームの修復力、調整力、学習力、現場合わせ力は見事だった。

盤石なチームになろうとしないことは意識し続ける。いつも弱さを内包し、凸凹であり続けよう。



楽天の創業期と成長期に出会った三木谷さんをはじめとする経営者から学んだことは僕のベースになっている。れはいくつかのキーワードとして僕の中に残っている。

・出来ない理由じゃなくて、出来る方法を考える。
・成功の5つのコンセプト(https://corp.rakuten.co.jp/about/philosophy/success.html
・肩をもんで、アイスを買い、ラーメン食べに行く。
・1、3の法則。
・レベルを合わせてタイプを散らす。
・信頼しろ。でも信頼しすぎるな。
・情熱の炎を絶やすな。そしたらなんでも実現できる。


軽井沢風越学園の創業期の今、これらのことを思い出すことが増えた。
それぞれのキーワードの解釈や感じ方は僕の中では変化しているが、身に沁み具合は増している。



おおきくイメージが変わったのは、情熱の炎。


楽天を辞める時に「情熱の炎を絶やすな。そしたらなんでも実現できる。」と三木谷さんが送り出してくれた。


僕はこの言葉を頼りにしてきた。いま、自分の中の炎はどういう状況か気にしていた。
その時に僕の中であった炎のイメージは、一本のろうそくの炎。
消えないようにがんばってきた、1人で。


いま、その炎のイメージはおおきく変わった。

焚き火の炎。
自分だけが燃えているのではなく、互いに燃えている。
僕が消えそうになっても、他の人が燃えていれば、大丈夫。
そして、外から風を送り込んでくれる人もたくさんいる。

上からどしゃーっっと水かかっても、なんとかなりそうな気がしている。



そんなことを思った朝でした。

2017年2月24日

2017年2月24日

採用プロセスの見直し

2020年4月に開校するためには、2018年6月にたくさんの申請書を長野県に提出しなければなりません。その中でも重要なものの一つに「教職員組織見込調書」があります。要するに「どんな教職員が着任するのか」を明確にするものです。履歴書や同意書などの添付も必要。ということで、この時までに一緒に働いてくれる人を決めていなければなりません。教科、年齢、男女などのバランスも考慮すると、これがけっこう難しい...。

そんなわけで、いろいろ告知を進めてきておかげさまでたくさんの方に応募していただいています。


書類を拝見し、Skypeで面接し、授業を見学し、面接をし...という流れで進めて行こうとしていました。今、Skypeを順次させてもらっているところです。


でも、やっていくうちに、「この進め方で本当に大丈夫か?」と違和感が出てきました。


どうもこの進め方だと「個」の部分でしか判断できない。そして「個」の部分で判断していくと、どうもなんとなく自分に似ていたり、近い人だったり、共感する人しか選考しないような気がしてきた。「同じから違うへ」とか言っておきながら、同じような人ばかりを採用することになりそうな...。「分けるから混ぜるへ」と言っておきながら、全然混ざらないチームになりそうな...。

ラグビーに例えると、なんかどうしてもスタンドオフ的な人を採用する傾向にある気がしたんです。でも、スタンドオフが15人いたってラグビーにならない。でも、このまま進めると、そうなっちゃうんじゃないだろうかと思い始めました。

個の部分だけを見て採用を進めていくと見落とす部分が多くある。

じゃあ、どうする?


原点に立ち戻る。
「同じから違うへ、分けるより混ぜるへ」

ということで、違いが混ざり合う場をつくることにしました。

軽井沢で1泊2日の合宿をします。

個を見て判断するだけではなく、チームとして動き出そうとするところに一緒に居合わせたい。そんな思いです。

これは僕らにとっても応募してくださる人にとっても負担。でも、これをやらないでは決められない。

そういう背景からいろいろ変更しました。採用情報に関心のある方は、改めてhttp://kazakoshi.jp/recruit/ をご確認ください。

2017年2月13日

2017年2月13日

準備してから、経験積んでからじゃ遅い。

今年で45歳になります。

いろいろな集まりに参加した時に最年少、一番年下ということがけっこうあったけど、もうそんなこともなくなりました。最年長ということもけっこうある。

軽井沢風越学園の設立目標にしている2020年には48歳。
立派なおっさんだ。

だからこそ、若い人たちと一緒に新しい未来を切り拓いていきたい。

24歳の時にベンチャー企業に飛び込み、
32歳の時に公立中学校に飛び込み、
37歳で保育の現場に飛び込んだ。

どの時にもしっかりした知識やスキルはなく、経験不足、経験不足。
準備運動もしないまま飛び込んだ。

幸い、心臓麻痺にもならず、大きな怪我もしなかった。
もちろん切り傷擦り傷打ち身に捻挫はいっぱいした。
それが今の僕をつくっている。

若い人たちから
「準備してから挑戦します。経験積んでから挑戦します。」
という言葉を聞く。

そんなのいつまでたっても準備万端にならないし、いつまでたっても十分な経験なんて積めないって。そんなことしているうちにタイミングを逃し、チャンスはどっかに行ってしまう。

さっさと飛び込んでこいよ!と思ってます。
足りないままでOKです。

ということで、お待ちしています、若い人!

軽井沢風越学園採用ページ

ちなみに小学校か中学校の教員免許持っているのであれば、軽井沢町内及び周辺市町村の公立の小学校か中学校の現場で月〜金まで安定した条件で4月から働ける場を紹介できます。(要するに開設準備と現場の経験の二足のわらじが履けるよ、ということ)


2017年2月12日

2017年2月12日

遊びと学び

軽井沢風越学園の情景を更新しました。

今回追加したのは「自己主導の学びと協同の学びのゆるやかなつながり」「ライブラリーとアトリエ」の2つ。
軽井沢風越学園の情景 http://kazakoshi.jp/scene/


「自己主導の学び」の背景には「自己主導の遊び」があります。

この8年間、森のようちえんぴっぴという幼児教育の現場にびっちり関わり、子どもたちと森で時間を重ねてきました。この経験は本当に貴重なもの。この経験していなかったら、軽井沢風越学園設立という動きはなかったと思う。

ぴっぴでは、遊びを大事にしている。遊びが中心。

「はい、今日は〇〇遊びをしますよ。」「この後は、お散歩するよ!」「じゃあ、みんなで崖登りしてみよう!」なんていう大人が主導する遊びではない。だいたい、大人がそんなふうに関わるのは遊びじゃなくてプログラム。


この8年間で子どもたちが遊びの中でたくさん「自己決定」している場面に出くわした。というよりも、遊びって自己決定の経験の連続、積み重ね。いわゆる一斉保育やプログラム的な幼児教育・保育だと、その機会は奪われる。たっぷりとした遊びの時間と環境が確保されることが幼児期には何よりも大切。

今日は何しようかな、誰と遊ぼうかな、どこ行こうかな、どんなふうに過ごそうかな...。そんな思いを抱きながら登園してくる子どもたち。

先に来た子が崖に登っている。
泥遊びしようと思っていたけど、ちょっと考える3歳児。
「僕も崖登りしてみよう。ちょっと怖そうだけど...。」

崖の下に立ってみる。見上げると5歳児が「こっち側の方が登りやすいよー!」と声をかけてくれる。
「今日は、登ってみよう。」

登り始める。思ったより登れる。でもまだてっぺんまではしばらく先。
目の前に細い木の根っこが出ている。
「これにつかまっても大丈夫かな?抜けちゃうかな?」 考える。
そしてつかむことを決める。
「あ、大丈夫だった。抜けなかった...」

下を見る。けっこう高い。怖い。
「やめようかな...。降りようかな...。でも、もうちょっとだけ登ってみよう」

あ、片方の長靴が脱げた。長靴は下まで落ちてしまった。
「ど、どうしよう...。」
迷う。
「いいや、こっちも脱いじゃえ。靴下ドロドロになってもいいからこのまま登っちゃおう!」

上から声が聞こえる。
「レスキューいきますか?」5歳児の子が声をかけてくれる。
助けてもらえるとうれしいな。でも自分で登りたいな...。
「大丈夫!」
「わかったー。やばかったら助けてー!って叫べよ!」
「はーい!」

遊びを通じて、「今、自分はどうしたいか」「これからどうしたいか」「この前はできなかったけど...。今日はこうしてみよう」 いろいろな自己決定を繰り返す。自分の時間をどう過ごしたいか、自分で決める。

そんなふうに遊びを自己主導した経験を積み重ねていき、その延長戦上で学びも自己主導していく。

協同の学びのベースになる経験も遊びの中から。遊びを通じて仲間と関わりを重ね、深めていく。ぶつかりあったり、助け合ったり。相談、話し合い、対話というのも遊びの中で自然に生まれてくる。その糸がもつれた時には大人が手を貸す。

今回の情景の背景には、そんな幼児期の遊びの経験の積み重ねがベースとして存在しています。

2017年2月 5日

2017年2月 5日

軽井沢風越学園の情景

2016年6月8日、「思い切ってメールを書いてます。」という書き出しで僕はごりさん(岩瀬直樹さん)にメールを書いた。学校をつくろうと思っているということを伝え、「このプロジェクトに岩瀬さんの力を思いっ切り借りたいです。」とラブコールを送った。


2016年6月22日17時15分東京駅丸の内北口待ち合わせ。久しぶりの再会だった。それ以前にすごく深い関係だったかというと、そうではない。「知り合い」という言葉が適切だろう。


近くでコーヒーを飲みながら僕の思いを伝えた。
メールでラブコールを送っていたのにも関わらず、ごりさんは意見交換程度に思っていたらしく、「一緒にやってほしい」という僕の言葉に驚いていた。そのまま近くの飲み屋で終電までビールを飲みながら盛り上がった。


学校づくりはこんなふうにしてスタートしたのだった。


それから僕らは何通ものメールをやりとりし、「教育の力」の著者である苫野一徳さんにラブコールを送った。3人で初めて顔を合わせたのは2016年8月26日。


実は僕らは当初は「公設民営」の学校をつくろうとしていた。しかし、法律の壁があり断念。2016年8月31日に私立で進めることに決めた。


2016年9月9日、大宮駅前のコワーキングスペースで朝から夕方までごりさんと集中ミーティング。最初に互いに1時間くらいずつたっぷり自己紹介をした。


それから「どういう学校にする?」「どんなことを大切にする?」というやりとりをスタートした。僕らはコンセプトを先に決めなかった。まず、2人が思い描いている学校の姿、子どもの姿、大人の姿を「情景」として描いていった。交換日記のように2人で言葉を交わしていった。この情景が少しずつ色鮮やかになっていき、僕らの「学校」の姿が形づくられていったのだった。


この「軽井沢風越学園の情景」を、今日から少しずつ公開していきます。
http://kazakoshi.jp/scene


2017年2月 1日

2017年2月 1日

学校つくります

「学校つくります」と言って僕は楽天を離れた。
それが2002年12月のこと。

その頃からこのブログを始め、最初の記事が2002年11月21日「どういう方法があるのか」
それからだいぶん時間が経った。

それからいろいろな学校で、現場で、様々な経験を積ませてもらってきた。
あれかな、これかなと数々のことを試した。
いっぱい失敗し、たくさんの出会いがあった。
ありがとうございます。


そして、学校つくります。

「軽井沢風越学園」の設立を目指して本格的に動き始めました。
http://kazakoshi.jp/←久々に自分でサイトをつくった...。

軽井沢町で幼稚園、義務教育学校(小学校と中学校)を設立します。
2020年4月の開校を目指します。

2002年の「学校をつくります」の時は一人だったが、今回は一人ではない。
発起人である岩瀬直樹さん、苫野一徳さんをはじめとした仲間がいる。
今、僕も含めて7人です。
7人の侍です。

互いの思いを伝え合い、知恵を出し合い、未来に向けて共に行動している。
心強く、ありがたいこと。

しっかりていねいに進めていきます。

でも、今まで通り、たっぷり遊びます。
森でも川でも遊ぶし、焚き火もする。
お神輿も担ぐし、ふんどしで水も浴びる。
そこは変わらず大切にしていきます。

少しずつ、学校づくりのことについては、このブログか軽井沢風越学園設立準備財団のWebサイトにも記録し発信していきます。

引き続き、よろしくお願いします。

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2017年1月 5日

2017年1月 5日

大吉なので失敗を。

初詣で引いたおみくじは大吉。

だから、今年も思いっ切り失敗しても大丈夫ということです。
毎年初詣で引くおみくじは大吉しか記憶にない。

できるだけ早い時期に、できるだけたくさんの失敗をします。
致命傷にならない程度の失敗をしっかりして、これまで通りにたくさんの人に迷惑をかけて生きます。

今年もどうぞよろしくお願いします。

2015年1月13日

2015年1月13日

その日その日を

出張で不在中の出来事をあやがメールで送ってくれた。


関西に住む親戚のおじさんからお年玉が届いたので、お礼のお手紙を書いたとのこと。

コタロウは、「楽しく一日を過ごしてください」と書いたらしい。

それを見たカンタ。
「"一年を"の方がいいんじゃないの?」

またそれを受けて1年生のカイノスケ。
「おれなら、"その日その日を"、にするなぁ...」

というやりとりがあったとのこと。

楽しく一日を過ごしてください。
楽しく一年を過ごしてください。
楽しくその日その日を過ごしてください。

「その日その日」という表現が僕は好きです。

2015年1月 9日

2015年1月 9日

カイノスケの手紙

父親ではありますが、自称カイノスケファンクラブ会員番号No.1です。

転校する友達にクラスみんなでお手紙を書くことになったようで、
それを宿題として持って帰ってきました。

食卓で、「うーん...」と悩みながら書き上げたのはこんな手紙。

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真ん中あたり。
「でも、ちょっと○○ちゃんのもくひょうをかんがえたんだ。それは、ね...。ひょうげんをいっぱいすることなんだけど、できるかな?でもできるよね。」

なんとも斜め上から目線な言葉ではあるけれども、その子のことを思ってのことなんでしょう。
彼らしいやさしさが感じられる。

カイノスケ、やっぱりいいやつだ。

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