存在
存在理由とか存在意義とかを求めたりすると、
それを探そうとしたり、確認しようとしたり右往左往する。
そして、己の存在を変にアピールしたり、理解してもらおうとがんばったりもする。
それはかっこ悪い。
理由やら意義やらはとりあえず置いておいて、
そこに存在していること自体を有り難いこととして感じ取れれば、かっこいいなー。
あー、久々に「役割より存在」とか自分で言ってたのを思い出した。
それはきっとこういうことなのかもしれない。
存在理由とか存在意義とかを求めたりすると、
それを探そうとしたり、確認しようとしたり右往左往する。
そして、己の存在を変にアピールしたり、理解してもらおうとがんばったりもする。
それはかっこ悪い。
理由やら意義やらはとりあえず置いておいて、
そこに存在していること自体を有り難いこととして感じ取れれば、かっこいいなー。
あー、久々に「役割より存在」とか自分で言ってたのを思い出した。
それはきっとこういうことなのかもしれない。
宮城県 南三陸町で出会った小野さん夫妻。
トマトを栽培している農家。
3月11日に被災。
トマトを育てていたハウスの屋根は開いたまま1週間。
その間に冷え込み、雪の降る日も。
当然、栽培していたトマトにとっては、厳しい状況。
トマトのことが気になりつつも、まずは生活すること、そして近所で行方不明になった人を探す毎日。
ハウスに足がむけられたのは1週間後のこと。
そして、なんとかそのトマトが育ち、出荷できることになった。
ぬくぬくと育ったトマトではない。
生き抜いたトマトだ。
買ってください。
たくさんたくさん、どんどん買ってください。
自分用だけじゃなくて、贈り物にもしてください。
ぼくのダッチオーブンの師匠、山口さんが販売に協力してくれています。
(購入ページはこちら)
募金や物資、ボランティアも必要かもしれない。
でも、一番必要なのは、「日常」です。
おとなにとっての日常は、働くこと。
働いて、自分でお金を稼いで、それで生活すること。
働く場があれば、先が見えてくる。
小野さんの働きが、地元の人の働きを生む。
それを支えてください。
「お父さんの嫌いなところって、どんなところ?」
この間、夕食を食べながら子どもたちに質問してみました。
まぁ、出てくる出てくる。
コタロウは、「すごく本気でむちゃくちゃ怒るところ」
カンタは、「時間に厳しいところ」
カイノスケは、それに対して「そーだーそーだー!」
そして、ずっと黙っているのはモユ。
「モユはどんなところが嫌い?」
「んー、ココロ、かな。」
...、こ、こころ...。
「ね、それって、どういうこと?」
「えー、こころって感じ。」
意味不明だけど、ショックはショックですな。
まだ、口が臭いとか言われたほうがマシ。
コタロウに質問してみました。
「んー、じゃあ、怒らないでどうしてほしいわけ?」
「すごく怒る前に、『どうしたの?』とか『どうしたいの?』とか聞いてほしい」
もっともです。よくわかってるなぁ、コタロウ。
子育ては子どもに問い、教えてもらうのが一番です。
今日、横浜市立東山田中学校は体育祭。
体育祭の最中に、その模様をどんどんアップし、そのエントリー数はなんと66!
そして体育祭当日の18時19分には、その日、保護者から回収した370人分のアンケート結果を集計し、Webにアップ。
すごいスピード感。
そしてこれを実現するためのシステムもちゃんと整備され、使いこなしているというのもすごいです。
それで?だからどうなの?という疑問も湧くかもしれないけど、
これをやり遂げようという気持ちは大切だなぁと思う。
あとは、なんだろう、とてもうれしい。
カンタの初手紙じゃないかな。
カンタ、こんなに文字が書けるようになっていたなんて、知らなかった...。
うれしいです。
「100さいまでながいきがしたいです かんた」
(写真の文字は先生代筆)
今度の誕生日で6歳になる子が、「100歳」というのを持ち出すところがおもしろい。
カンタに100歳の人に会わせてあげたいと思いました。
それにしても、カンタはコトバに敏感な人だなぁと思う。
モユの感覚とはまた別で、モユは「文章」だけど、カンタは贅肉を削ぎ落とした「コトバ」な感じ。
3歳の頃の「情熱の赤!」にはじまり、実はカンタの名言は、実はかなりたくさんあるんだな。
子どもたちとお風呂に入り、男の子3人が先にあがり、少しモユとゆっくりと対話。
おもむろにモユが、「ねぇ、おとうさん、前の人には従ったほうがいいの?」
「前の人には従ったほうがいい??」
教室の掃除でいろいろあったらしい。
「ここまで拭き掃除すること」というのが決まっているのに、それをさぼっている人や、それに追随する人、そしてそのことをあいまいに指摘する人、それに便乗する人。
それに対して、どうも納得いかない部分があるとのこと。
「難しいなー、それは。前の人に従ったほうがいいかどうかはわからないけど、前の人に従いたいかどうかってのは、その時にお父さんがそこにいればわかるけどなぁ。」
「そうじゃなくて、従ったほうがいいかどうかなんだけど。」
「それはわからない。いいかどうかというのは、何に対してもよくわからない。そうしたいか、どうかだろうなぁ」
「従いたくないんだけど。」
「じゃあ、そうすれば。」
「でも、そうするとめんどくさいことになるんだけど。」
「したいことをしたいようにすると、めんどくさいことに大抵はなるよ。そういうもの。」
「ふーん、そうなんだ。」
「うん、そう。」
何歳くらいまで一緒にお風呂に入りながら、こういう会話ができるんでしょうか...。
カイノスケ、4月からえりセンセーが担任になりました。
どうやらとてもお気に入りらしい。
保育園に行く車の中でも、「えりセンセー、いるかな?なにしてるかな?」
車から降りて、えりセンセーの姿を見かけると「えりセンセー!」と叫ぶ。
4人の中で一番「おはよう」の声が大きいのもカイノスケです。