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2010年2月15日

「また会いたい」っていう気持ち

週末は泰阜村「だいだらぼっち」へ行き、登り窯の窯焚きに参加。

味わい深い時間でした。
来年は、自分のつくったものも窯に入れてみたい。
また感じ方が違ってくるはず。



さて、今回の登り窯には、昨秋にモユがここでつくった器が入っていている。
その時に関わってくれたのが、だいだらぼっちのスタッフ、ぎっくとまるちちゃん。
この時も1泊2日だったし、大勢の家族と似たような年齢の子どもが沢山だったので、ぎっくとまるちゃんとじっくり過ごす時間は、モユやコタロウ、カンタにもそれほどなかったはず。

それなのにも関わらず、ぎっくとまるちゃんに再会できることを、
「ぎっくに会えるんだよね?まるちゃんのところに行くんだよね?」と3人とも本当に心待ちにしていた。

我が家はお客さんが多かったり、出かけることもけっこう多いので、我が子たちもいろいろな人との関わりがある。

たくさんの人達との出会いの中でごくごく稀に、ぎっくとまるちゃんのように、子ども達が「また会いたい」と強く思い、それを僕らにしっかりと伝えてくることがある。

子どもが持つ「また会いたい」っていう気持ちは、ストレートで純粋だ。
そしてその対象となる人には、なんとなく共通の雰囲気があるような気がしている。
その一つはきっと「深いところの安心」だろう。

水族館や遊園地みたいなところに行くのは、もちろん楽しい。
何かを体験して、ワクワクするのは楽しいし、喜びでもある。

それとは違って、ぎっくやまるちゃんに「また会いたい」という気持ちは、自分自身が受け容れられている深い安心感なんじゃないだろうか。
なんかそういう人には、そういう雰囲気がある。

そう、それは魅力なのではなく、雰囲気だ。

我が子が「また会いたい」という人に出会えて、そしてそれを表現してくれるのは、とても気持ちがあたたまる。


「安心」と書いたけど、「懐かしさ」のほうが近い感覚のような気がしてきた。

モユやコタロウ、カンタが、ぎっくとまるちゃんに感じている安心感。
モユやコタロウ、カンタが、ぎっくとまるちゃんに感じている懐かしさ。

うん、「懐かしさ」のほうがしっくりくる。





さてさて、長い車での移動を終え、家に帰ってきてから、お風呂の中でモユが僕に質問をしてきた。

「ねぇ、だいだらぼっちの生活と、家での生活、どっちが楽しいと思う?」

彼女の中で、「だいだらぼっちでの生活」がちょっと気になりだしてきたみたいだ。
今後、どんな展開になるのか、楽しみです。

コメント (2)

Shori:

「だいだらぼっち」懐かしいです!
小学生のころ1,2週間のキャンプに参加してました。
ぎっくと一緒に土器をつくり、野焼きしたことを思い出しました。

本城さんは、「だいだらぼっち」への山村留学勧めますか?

しんのすけ:

へー、ショウリもだいだらぼっちのキャンプとか参加してたんだ。
そうかそうか。

勧めるかどうかは別にして、子どもが何年生であっても本人が「行きたい」って言うなら、その気持ちは尊重するかな。

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